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【本・映画】火定:Kindleハイライト

火定 澤田 瞳子

痢病(赤痢)、咳病(インフルエンザ)、熱病……人を苦しめる病は数えきれぬほどあるが、なぜ人は病に罹るのかを知る者は誰もいない。どんな優れた医師でも、病人の様子を診、症状を抑えるための薬を調じるのが精一杯であり、病とはなにかという根源的な問いには誰も答えられない

「白丑、黒丑、両人とも泣くな。決して怒らぬゆえ、どうして馬に悪戯をしかけたのか、話してはくれんか。馬に乗りたかったのか、それともを与えてみたかったのか

穢れを病の原因と考える人々は、病人を穢れた忌むべき存在と見なし、時に彼らを放逐することで、自分たちを守ろうとする

「──裳瘡(天然痘)じゃ」

そうだ、こんなところで死んでなるものか。寧楽が疫神の跋扈する都となるのであれば、自分はその様をこの眼で見てやる。それこそが、自分を無実の罪に陥れた者たちへの復讐だ。

どれだけ医術を学び、研鑽を重ねようとも、薬が手許になければ、自分はただの非力な男にすぎないのか。

なぜこれまで気づかなかったのだろう。よくよく目を凝らせば、川岸のところどころには、木材にからんでいたのと同じ植物が茂っている。物部の目を盗んで片っ端から抜き取ったそれを、諸男は懐の奥深くに突っ込んだ。

諸男は集めた草の葉を、ちぎり捨てた。残った茎と根を指で細かく裂くと、隠してあった木椀に入れ、作事場からこっそり持ち帰った石ですりつぶした。

「けど助かる手立てがあるってのなら、話は別だ。細かいことを言うんじゃねえよ」

そうだ。どれほどの死病が京を覆い尽くそうが、宇須はそれを踏み付けにして銭を稼ぎ、自分はここで生き続ける。  その明確な目的のためには、他人の嘆きも苦しみも、諸男たちには関係ない。世の中がどのように推移しようと、己は己の生き様を貫くしかないのだという分かりきった事実が奇妙なほどおかしく──そして哀しかった。

しかしそういった災厄は本来、日々の飯にも事欠く庶人のみに付きまとうものだったのに、今回の疫病の爪の前には、身分の高下も貧富の差も意味がない。美々しい官服に身を包んで出仕する官人も、牛馬の如く市で売り買いされる奴婢も、病の前にはなんの分け隔てなく倒れ、高熱に喘ぎ、豆の如き瘡に全身を覆われて息絶える。  その無差別な死は、この国の身分秩序や規範がなんの役にも立たぬことを、衆人に如実に思い知らせ、疫病の恐怖をその心に強く叩き込むのであった。

死が蔓延し、誰もがいつくばるようにして生にしがみつくこの地獄にあって、施薬院はまだ人々を救わんと奔走している。

他人を押しのけてでも禁厭札を買おうとする人々も、前代未聞の混迷を千載一遇の金けの機会としか考えぬ宇須も、病の流行を喜ぶ自分も、みなこの熱の陽射しに思慮を焼き尽くされ、生きることのみに執着する狂人と成り果てている。

だいたい、医師がいま踏ん張らずしていかが致す。

夥しい死の坩堝に抗う術はないが、さりとて抗うことを止められもしない。──そう、自分たちは無力だ。

病とは恐ろしいものだ、と名代は思う。それは人を病ませ、命を奪うばかりではない。人と人の縁や信頼、理性をすら破壊し、遂には人の世の秩序までも、いとも簡単に打ち砕いてしまう。

人並みの思慮を有していれば、これまで聞いたこともない神のお札と施薬院、どちらに信が置けるかすぐに判ぜられように。

本来ならばその光明は、施薬院や官が行なう治療や、隆英や慧相尼が説く仏の導きであるべきだ。さりながら施薬院に収容された病人までもがばたばたと亡くなる最中にあっては、効くか効かぬか判然とせぬ薬や、腹の足しにもならぬ仏の教えがどれほどの力になろう。ならば奇跡を起こす神の方が信じられると考える人々の胸中が、名代には痛いほどに理解できた。

施薬院は貧しい人々の病を癒し、その命を助ける場。ならばそこで働く自分が己の命を惜しんで、いったい何が悪い。我が身を案じて何が悪い。人命を救うために働く者は己の命を投げ捨てよとは、道理に合わぬではないか。

「これが死にゆく者の醜い姿としか思えぬのであれば、さっさと出てゆけ。おぬしのような者に看病されては、皆が気の毒じゃ」

「よいか。疫病に罹り、もはや快癒の見込みがないとしても、この者たちはみな生きたいと望み、そのために足いておる。ならばわしらはその願いを容れ、少しでもみなが命長らえるよう努めるのみじゃ」

「今おぬしがどれだけ足き、悶えようとも、あと百年もすれば、それを知る者は一人もいなくなる。そして無論その時には、おぬしの身体は土に還り、おぬしという男がいた証すら、この世にはなくなっているであろうよ」

「己のために行なったことはみな、己の命とともに消え失せる。じゃが、他人のためになしたことは、たとえ自らが死んでもその者とともにこの世に留まり、わしの生きた証となってくれよう。つまり、ひと時の夢にも似た我が身を思えばこそ、わしは他者のために生きねばならぬ」

自分が何を望み、悶えようとも、世の中は何事もなかったように推移する。ならば己という存在はいったい何のためにこの世に居り、何をし得るのか。

死ぬのは怖いし、病は恐ろしい。人間、死ねばそれまでだとも、いまだに思う。しかし死ねばそれまでだからこそ、自分は今なにをなすべきか。そして、なにが出来るのか。

「その折、共に働いた老医師から聞いたのでございますが、裳瘡とは奇妙な病でございましてな。一度罹患して回復した者は、二度と罹らぬそうでございます。わしもあの時、ごく軽く裳瘡に罹っておったならば、これほど怯えはしませぬのじゃが」

そう言われてみれば確かに、施薬院に運ばれてくる病人には老人が少ない。それはてっきり壮年や若者の方が感染の機会が多いからと思っていたが、もしや前回の裳瘡流行の置き土産だったというわけか。

そうだ。そう考えれば、我が身を顧みぬあの奮闘ぶりも理解できる。かつて自分を襲い、おそらくは親しい者たちの命すら奪った裳瘡に、彼は数十年の時を経て、再び挑まんとしているのだ。

いつぞやの綱手の言葉が、胸を過ぎる。綱手は三十余年前、いまの都以上の地獄を見たのだ。そして一人生き残った己が身の儚さも、人の命の短さも思い知ればこそ、残された命を他人のために使おうと思い定めたのだろう。

「さよう。あ奴らが盛んに唱えておるのは、疫神をそちらに帰らせようとする呪言でござろう。なにせ日本は島国。嫌な病はみな、国の外から参りますでなあ」

「いいや。名代さまは、病の恐怖に駆られた者がどんな所行を為すか、まだ分かっておられぬ。波斯人であろうが、崑崙人であろうが、そんなことは問題ではありませぬ。人は極限まで追い詰められれば、自分たちと相容れぬものを排除し、抹殺せんと躍起になるのでございます」

我が身の安全ばかりを考え、周囲の者を押しのけてでも生き長らえようとするのは、人の哀しい性。とはいえ名代が綱手や広道の責によって、自らの生きる意味を考え直した如く、人間はみなあさましい我意とともに、他人のために命を用いる優しさをも持ち合わせているはずだ。

この死病から、幼い子どもたちが生還できるわけがない。隆英はそれも承知の上で、わが身を擲ち、死にゆく子どもたちの先導を務めようとしているのだ。

隆英を含めたこの場の誰もが、子どもたちは生きて蔵を出られまいと分かっている。しかしそれでも隆英は最後の一人まで世話をし、生死を共にする覚悟なのだ。

子どもたちと隆英は死ぬ。だがそれでも自分は生きねばならない。そして生き残る者たちには、為さねばならぬ務めがあるのだ。

間違いない。彼らは今やはっきりと、疫病への怒りを新羅への憎悪にすり替えようとし始めている。

なるほど、宇須の言うことには一理ある。不満を抱く人々を黙らせるには、新たに敵となる存在を作り、そこに憎しみを向けさせるのが一番だ。

かつて、高熱に侵されながらも命拾いを果たした自分。だがあの熱が本当にんだのは、諸男の肉体ではなく、わずかに残っていた良心だったのではないか。

「先ほどの智積さまのお言葉を聞いておらなんだのか。あちこちで略奪や火事が始まったとなれば、怪我人たちはみなここを頼って来よう。そんなときに自らの命を惜しんで門を閉ざし、なんのための施薬院じゃッ」

疫病の流行は、誰にも止めようのない天災。だがその災厄と混乱にもてあそばれるしかない我が身が、あまりに腹立たしくてならなかった。

世の僧侶たちは時に御仏の世に少しでも近付かんとして、ある者は水中に我が身を投じ、ある者は自ら燃え盛る焔に身を投じるという。もしかしたら京を荒れ野に変えるが如き病に焼かれ、人としての心を失った者に翻弄される自分たちもまた、この世の業火によって生きながら火定入滅を遂げようとしているのではないか。

暴徒が押し寄せてもなお、閉ざされなかった施薬院の門。その脇で倒れ伏した男にまたがっていた老は、おそらく施薬院の医師だろう。

かくいう自分とて、もし薬生となる以外に立身出世の道があったなら、迷わずそちらを選んだだろう。結局自分にとっても内薬司の者にとっても、医術はただの生計に過ぎないのだ。  しかし不思議にも施薬院の者たちは、疫病満ちるこの寧楽に留まり、人々の命を救おうと粉骨砕身している。それに比べ、自分はなんと遠いところに来てしまったのか。そう思った途端、諸男の両膝はかたかたと音を立てて震え始めた。

そうだ。泥濘に塗れ、汚穢をすすって今日まで生きながらえた自分は、己がとうに失った志をいまだ手にしている彼らを羨望し、同時に憎まずにはいられなかったのだ。

獄舎から放たれ、宇須たちと行動を共にしながらも、自らは本当はなにを求めていたのか。歪んだ矜持と怒りゆえに見失っていた本心が胸を打ち、諸男は激しい眩暈を覚えた。

いわば目の前の男は、自分の陰惨な情念が招き込んだも同じ。それが嫌と言うほど分かるがゆえにかえって、諸男は我と我が身が呪わしくてならなかった。  そうだ。なぜ自分はこんなところに迷い込んでしまったのだ。かつての己はいったいどこに行ってしまったのだ。

自分を悪事に引き込んだ宇須が、憎くないわけではない。しかし怪我を負った彼をここで見捨てては、医師としてはもちろん、人として世に顔向けできぬ気がした。

(わたしは何のためにここにいるのだ)

腐り、膨張し、血泥となって融けてゆくあの無数の骸も、病に罹る前はその生を謳歌し、末期に及んでは生きたいと呻いたはず。それにもかかわらず、なぜ彼らは死に、他人を憎み、羨むことしかできぬ自分だけが、こうして生き長らえているのだ。

人はみな、自らの存在に限りあることを知っている。それゆえに世の者は誰しも己の求めるものを追い、その生を充実させんともがくのだ。ならば人はいま生きるがゆえに、いつか死ぬのではない。いつか死ぬがゆえにそれまでの短い生を輝かせるのであり、いわば人を真に生かしているものは、いずれ訪れる死なのではないか。

京じゅうを死が埋め尽くした今、悪事に手を染めながらもいまだ生き続ける諸男にも、何かしらの生きる意義があるということか。

「確かにおぬしの申しようは正しかろう。されど、まことに憎むべきはあの暴徒どもであろうか。わしらが真に怒りを向けるべきは、あ奴らをそこまで追い詰めた官ではあるまいか」

「この三月、官は都の惨状にいったい何をしてくれた。君が親であれば、民は子。その親が無策を決め込んだがゆえに、迷うた子は正体の知れぬ神なんぞを信じ、暴徒と成り果ててしもうたのではないか」

そうなれば民心は天皇を離れ、国中に暴虐の徒がれよう。ことここに至っては、この疫病はもはやただの病ではない。国の基をむ恐ろしき業病なのだ。

「これまで数多の国使が、往還の際に海の藻となったというに、我らの船はなぜつつがなく日本に戻ってしまったのじゃろうなあ。嵐でも、はたまた雷でもよい。何者かが我らを船ごと海に沈めるなり、燃やすなりしてくれれば、都はこのように疫神にまれずとも済んだじゃろうに」

そうだ、いかに諸男が優れた医師だったとしても、まだ疫病流行が始まったばかりの時期に、彼一人で裳瘡の治療法を獲得できたわけがない。だとすれば今すぐ房前邸に駆けつけ、諸男が参照したであろう医学書を繙けば、彼が用いたのと同じ手立てを知ることができるのでは。

そう、少なくとも今は、猪名部諸男に対する憎悪に捕らわれている場合ではない。自分がなすべきことはたった一つ、裳瘡の治療法の発見だ。

「裳瘡をこの国に持ちこまれたことを悔い、変わり果てたご自身のお姿を嘆かれ……そして何より、死病との闘いに打ち勝ってしまった己のお命を憎んでおられたあのお方に、そなたさまは罪滅ぼしの機会をお与えくださいました。そのことに私は心より、御礼申し上げます」

──治豌豆瘡方  その五文字が視界に飛び込んできた刹那、名代は自分でも訳の分からぬ声を上げて、外へと飛び出していた。

貴賤いかなる人間であろうとも、命は一つしか持たない。それゆえに人を救う医師の務めは、この国の帝にも劣らぬほど尊い。少なくとも名代はこれまでずっと、そう聞かされてきた。

(医師とはいったい何者なのだ──)

彼らもまたほんの数日、薬の発見が早ければ、このように死の淵をさまよわずとも済んだはずだ。

彼らはなぜ、蔵に入らねばならなかったのだ。なぜ自分たちは彼らを助けられなかったのだ。己と彼ら、薬が見つかる前と後。その間に横たわる生死の分かれ目の理不尽さに言葉もなく、名代たちはただ必死にじ薬を作り、患者に与え続けた。

「なぜ──なぜ拙僧のみが助かってしもうたのでございます。誰か、誰かお教えくだされ。白丑ッ、太魚──ッ」

「あれは、鬼火だ」

「お、お前たちのせいで、密翳は命を落としたんだ。いいや、密翳ばかりじゃない。あの妙な禁厭札のせいで、いったいどれだけの者が医薬を拒み、病に侵されて死んでいったと思っているッ」

わたしの死がおぬしのためになるのなら、それこそがわたしが今日まで生きた意味なのだろう」

(俺は──俺はいま、いったい誰のために、こいつを殺そうとしたんだ──)

だとすれば真実憎むべきは、諸男ではない。京を覆い尽くしたあの疫病だ。そう、自分はただ目の前のこの男に、どうにもやり場のない憎しみをぶつけようとしただけではないか。

その瞬間、名代は目の前の男の顔に、ありとあらゆる感情が一度に湧き上がるのを見た。

「あんたが見つけた治療法は、施薬院がこれまで試してきたどんな薬よりも効いているんだ。だから、なああんた、施薬院に来てくれ。あの本に記された治療法で、もっともっと大勢の京の奴らを救ってくれ。あんたは──あんただって、医者なんだろう」

医師とて人だ。他人を憎みもし、時に罪を犯しもする。ならば同様に他者を殺め、傷つけた者であっても、人を救けは出来るはずだ。

「なあ、頼む。いまの施薬院には、あんたの力が必要なんだ」

さりながらこの熱と狂奔の夏にあってこそ、人は誰かを救い、そのために闘い続けられるのだ。

そう考えれば先ほどのあの涙も理解できる。生きながら死の淵をのぞいた諸男は、あのとき初めて、自分の生の意義を知ったのだ。

裳瘡の治療薬を天下に布告する手伝いが出来れば、そんな彼の心も少しは慰められるはずだ。

この高い空にもいつかは蜻蛉が群れ、白い雪が降り始めよう。ならば自分たちに今できるのは、この日を精一杯に生きることだけだ。

「まことにこの身を案じてくれるのであれば、おぬしはもう、この邸宅には立ち寄るな。病に罹った者と罹らなんだ者。おぬしらとわたしの道は、はるか昔に遠く隔たっておるのじゃ」

おぬしたちは裳瘡に罹っていないではないか、と言われれば返す言葉はない。さりながら疫病に罹患せずとも、自分たちは三中の──いや、すべての患者の苦しみを、目の当たりにしている。

病は人を苦しめ、死に追いやるだけの存在ではない。ならばその流行によって人生を狂わされた者たちみなを救わねば、なんのために自分は施薬院にいるのだ。

だがやがて左右両獄に恩赦が下され、京内に裳瘡が蔓延し始めたとき、絹代はあの諸男であれば必ずや、人々を救うために働くはずだと思った。

「おぬしは──おぬしはそれほどにわたしを信じていたのか」

「いつか必ずお会いできると思うておりました」

そう、結局のところ綱手は、自らの不遇を憎み、官医たちを嫉みながらも、心の底からは他人を憎めはしない。だからこそ彼はどんな時にも医師として己の職を全うできるのであり、その矛盾こそが医術に手を染める者の宿命なのではないか。

そう、施薬院は自らの功績を誇らんとして、具申を目論んでいるのではない。一人でも多くの人の命を救いたい。ただ、それだけが目的なのだ。

「なあに、典薬寮への具申が叶わずば、太政官の上つ方に直訴すればよいと思うておりましたでな」

病気中に食べていいもの、避けたほうがよいもの。治癒後の感染防止策、患者の衣類の扱い……これほど具体的な記録には、患者の観察のみでは不可能だ。おそらく綱手は多忙な日々の中で少しずつ時間を割き、病人ばかりかその付添の者からも、施薬院を訪れる前の容体、口にした食べ物などを聞き取っていたのだろう。

「わしはこれらの知識を、施薬院に参った患者やその親族から得ました。さればそれを我が身の手柄とばかり独り占めしては、わしが救ってやれなんだ者たちに申し開きが出来ませぬでな」

その瞬間、名代の喉を熱いものが走り抜けた。

人間、死ねばそれまでだ、と思っていた。だからこそ、せめて生きているうちに、自分たちは何か為すべきことを見つけねばならぬのだと考えていた。  しかしながら病に侵され、無惨な死を遂げた人々の記録は、後の世に語り継がれ、やがてまた別の人々の命を救う。  ならば死とは、ただの終わりではない。むしろ死があればこそなお、この世の人々は次なる生を得るのではないか。

熱の暑さとともに京を襲ったおびただしい死。如何におぞましく無残な現実であろうとも、人々が生きたその痕跡は確実に残り、その死は新たなる命を産み出す。

だとすれば彼らの死は決して、無駄ではない。この世の業火に我が身を捧げる、尊い火定だったのだ。

ようやく分かった。医者とは、病を癒し、ただ死の淵から引き戻すだけの仕事ではない。病人の死に意味を与え、彼らの苦しみを、無念を、後の世まで語り継ぐために、彼らは存在するのだ。

「わたしは──わたしは己の仇も、自分で討てぬのかッ。池守が裳瘡だと。疫神は人の仇まで、勝手に横取り致すつもりかッ」 「ち、違います、諸男さま。きっとこれは神仏のおぼしめしでございます」

「おぬしの憎しみ、怒り、わしにも分からぬでもない。されど我らは医師じゃ。ならば如何に唾棄すべき相手であろうとも、病に臥した者には憎悪を解き、その病を癒すことに力を尽くさねばならぬ。それは医師たる者だけが出来る、最大の復讐ではあるまいか」 「何だと。命を救うことが、あ奴への報復になるというのか」 「そうじゃ。おぬしが相手を憎むのと同様、向こうもまたおぬしを心の底から厭うていよう。ならばかようなおぬしが見つけた手立てによって命を救われたならば、池守さまはどれだけ悔しい思いをなさることか、考えてみよ」  自らの病を癒した薬が他ならぬ宿敵によって発見されたものと知れば、池守はきっと己が命長らえたことを悔やむだろう。自らの命が助かったことを、その人物に後悔させる。それが出来るのはこの世にたった一人、医師たるおぬしだけじゃ、と綱手は続けた。 「ところでおぬしは本日より、施薬院を手伝うてくれるのじゃったな。ならばじ薬と塗り薬は、貸してやる。これよりすぐ、倭池守さまの元に行け。忌々しい男の苦しむさまをその目にし、そ奴の命を助けて来い」

「おぬしの言う通りだ。ここであの男への復仇を第一と考えては、わたしはあ奴と同じになる。池守が病んでいるのであればなおのこと、わたしはその枕頭に参り、出来る限りの手当をしてやろう。それが今のわたしに出来るせめてものことだ」

「さすれば明日も明後日も、一月後も三月後も、我らの仕事は終わらぬぞ。上つ君は裳瘡が少しでも鎮まれば、やれ神々への奉幣だの、新たな除目だと騒ぎ立てるであろう。じゃが、我々は違う。何らかの病で苦しむ者が一人でも残る限り、病との戦は続くのじゃ。いいか、あの三棟がすべて空になる日まで、施薬院の務めは終わらぬと覚悟しておけよ」

人の醜さを、愚かしさを目のあたりにしながらも、それでも生きることの意義と、無数の死の向こうにある生の輝きを信じ続けるだろう。

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