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【落語】写真の仇討ち:予譲と福沢諭吉

日曜朝の番組で、【写真の仇討ち】という落語を初めて聞きました。

タイトルからして古典では無いのですが、元は「一枚起請」という落語で、それを今風にアレンジしたものだそうです。
起請って言っても今時通じませんが(むろん、僕にも通じませんが)、三枚起請なんて名作はよく知られてますね。

「芸者にだまされたので、彼女を刺して自分も死ぬ!」と息巻いている主人公に、おじさんが「予譲(豫譲 よじょう)」の話を聞かせてやる、という話です。

この予譲の話、恥ずかしながら知りませんでした(まあ、写真の仇討ちも初めて聞きましたので・・・)。

豫譲 – Wikipedia

主君の敵を討とうとして(今は待てと言われたため)代わりに着物を刺した(ところまでが、このWikiの説明)。

「…ですが、出来ることでしたら、あなた様の衣服を賜りたい。それを斬って智伯の無念を晴らしたいと思いまする。」趙襄子はこれを承諾し豫譲に衣服を与えた。豫譲はそれを気合いの叫びと共に三回切りつけ、「これでやっと智伯に顔向けが出来る。」と言い終わるや、剣に伏せて自らの体を貫いて自決した。

刺したら着物から血が流れ、そして趙襄子は病の床につき予譲の一念が通じた、という話をおじさんが話してくれます。

落語の方は、

大切な命をそんな女のために無駄にせず、
その女からもらったものを突くなり、切るなりして
うっぷんを晴らすがいい

とおじさんに言われて、なるほどと思った主人公、持っていた女の写真を思い知れとばかり、ズブリ!と刺すと・・・写真から血がダラダラ。

「ああ、執念は恐ろしい。写真から血が」
「いえ、あたくしが指ィ切ったんで」

と言うのがサゲ(オチ)です。いや、かわいい(笑) 紙で手を切るのって痛いんですよね。

ここで思い出したのが、福沢諭吉の話・・・

福翁自伝の「反故を踏み、お札を踏む」の話ですね。

何のことだろう。殿様の頭でも踏みはしなかろう。名の書いてある紙を踏んだからって
構うことはなさそうなものだ」と甚だ不平で、ソレカラ子供心に独り思案して、
兄さんの言うように殿様の名の書いてある反故を踏んで悪いと言えば、
神様の名のあるお札を踏んだらどうだろうと思って、
人の見ぬ所で、お札を踏んだところが何ともない。

もちろん、時代(と言うか、スタンス?)が違うので、福沢諭吉がお札を踏んだらバチが当たった、と言うことを書くはずがないのですが(もっとも、井沢元彦は、”これが母親の写真(名前だったかな?)だったら、福沢諭吉も踏めないはずだ“、と書いてますね)、いや、どうなんでしょ?

写真・・・処分しにくいですよね・・・ただ、紙の上にインクが乗っているだけなのにね。(これぞ、井沢元彦理論そのものですが)

デジカメなんて、どんどん画素数が大きくなって行っているんだけど、保存するのも結構ディスクを食うし、万が一、とか思うと別にも保存しちゃう。でも、なにかの弾みに・・・あれ?これ保存したかな?とりあえず、ここに入れておこう・・・で、また、コンピューターを扱うときに、写真ファイルは念のためバックアップしておこう、なんてね・・・
ハードディスクも、一昔前の数十ギガから、250ギガ、500ギガと買って、今は、1テラ。これも、写真やビデオのファイルを保存していったら、あっという間に・・・(DVDにも焼いてるんですけどね・・・)

で・・・

「ああ、デジタルは恐ろしい。写真を保存してたらハードディスクが」
「あたくしが、身銭を切ったんで」

ってなオチに?


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