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「等身大」で生きる スケートで学んだチャンスのつかみ方 (NHK出版新書) (Japanese Edition) by 鈴木 明子
「自分が弱っているときには人が助けてくれる。だからこそ今度、私が頑張れるようになったときには元気をまわりに返していこう。人との関係はキャッチボールになっているんだ」
そんなときに支えてくれたのも母です。 「もうそんなにつらいのだったらスケート辞めよう。お母さんが、日本スケート連盟にもコーチにも、各所に『やっぱり現役続行はダメでした。うちの娘がスミマセン』って頭下げに行ってあげるから。頭下げるぐらい簡単だから。お母さんがいっしょに行くから」と言ってくれました。
そんなわけで、社会人1年目のテーマは「まずは石橋を叩かずにやってみよう」という言葉になったのです。
このころから、講演会を終えたときに、この場にいた誰かの背中をちょっとだけでも押せたかな、一歩踏み出す勇気を分けられたかな、自分が誰かの助けになっていたらいいな、と考えるようになりました。何人の心に響いたかはわからないけど、聴いてくださった方の表情や反応を見て、そう思えることが何度もありました。それが自分の喜びに直結していったのです。
たくさんのファンの方からも反応や応援をいただいて、「世界中の人が感動するような演技をしたい」と思うことがエネルギーになっていました。でも最後の最後に行き着いた先は、シンプルに「身近な人を喜ばせる」ということだったのです。
スケート選手時代に身につけた能力で、社会人になっても違うかたちで役立っているのが「想像力」と「客観視」の二つです。
なりたい自分を想像して、自分がいま何をしなければいけないかまで、リアルに想像しなくてはいけません。「なれたらいいな」くらいの気持ちでは実現しないのです。
これは、以前の練習方法に慣れている世代からすると、大変な衝撃でした。自分が体感して頭で思い描いたフォームと、客観的に見たフォームがまったく違います。
もしせっかくの意見を聞き流していたら「あいつには何を言っても無駄だ」となってしまいます。客観的な視点からアドバイスをもらえるチャンスがなくなってしまうことにもなりかねません。 私もスケート以外の仕事が始まった当初は、何かを指摘されると「私なりに一生懸命やっているのに」と思っていた時期もあります。でも、客観的な意見が大事だといまは痛感しています。
そうではなく、すぐにしなって曲がるけど、芯があるからピョンと戻るというもの。そんな芯のある強い人になりたい。そのためには、まわりの意見を理解する「想像力」と、まわりの意見を受けとめる「客観視」。
自分自身が本当にしっかりとした目を持っていないと、ただ単に使われてしまうようなことになってしまうよ。
引退して最初に買ったのは、スカートでした。
社会人になると、いつまでも引きずってはいられません。ひとつ前の仕事で何かトラブルが起こり嫌な思いをしたとしても、1時間後の次の仕事では笑顔で始めなければいけません。
越えられない壁を感じてしまうのは、同じ道に行こうとするからであって、自分は違う道を行くのだと思えばいいだけのことです。
私にはどんな仕事が向いているのか、可能性はやってみないとわかりません。たかが29年間を生きてきただけ、しかもスケート選手だった時代はまだ序章で、これからはスケート以外のことにも挑戦してみようと考えたはずです。
アナウンサーが何気なく言ったコメントや意見について、 「いやいや。実際のスケートの現場からすると、ちょっと違うんだけどな」 と思うこともしばしばです。でも生放送の現場では、「そうですね」と言わざるを得ないという状況が多くあります。
テレビ番組などで過度に期待されることは、選手たちにとって負担にもなります。報道は何でもプラス思考にとらえて「勝てる、勝てる」と盛り上げますが、試合はそんなに甘くありません。アスリートの側からすると、勝てる見込みがない試合のときに「勝てる、勝てる」とメディアが盛り上がると、自分の気持ちとの間にギャップを感じます
こうした自分の強みを戦略的に演技にちりばめているのが羽生さんです。その演技全体での少しずつの優位性が、彼の真にすごいところだと思います。 でもそういう地味な戦略はなかなか報道されません。
ここまで引退後の苦悩を述べてきたように、必ずしもいつも新しい仕事を楽しんでいるわけではありませんでした。
「そうか。私1人が頑張っているわけではなく、まわりが協力してくれて、みんなでつくっているショーだったんだ
もう信じるものが、先生しかないという状況です。でも先生が「何とかする」と言ってくれたから信じることができました。そして「ギリギリだ」と言われて、試合までに調子を戻すことができるかどうか、本当に紙一重なのだと思いました。
もうそれしか選択肢がなかったのです。でも結果的に、すべてを出し切った演技で、まさかの優勝。全日本選手権に挑戦して13度目にして、そして引退を決意した、最後の最後の全日本選手権での優勝でした。
「ああ、こんなすてきな仲間といい時代にスケートをやれて本当によかったな」
難しい技がない上に、私の気持ちも入っていないので、全体的にぼやっとした演技になってしまっていたと思います。自分のなかで「こんなイメージを伝えたい」という気持ちが整理できたときに、ようやく表現が明確になりました。
自分が本当にやりたいものに身を捧げるときには、倒れることもあるだろうけれども、それでも大人は立ち上がって、再び自分の足で歩いていくのだ、というメッセージです。
社会人になった今の私に必要なのは、そのスイッチをどうやったら一人でも押せるかということです。
舞台の大きい小さいではなく、その「本番」に立っている人たちを見て、何かいつもと違うところからの刺激をもらい、勇気をもらっているのです。
自分の滑りは100%完璧ではなかった。でも、観客の方々には何かしらが伝わって感動してもらった。自分は喜べばいいのか、反省すればいいのか、いろいろな思いが交錯してしまうときがあるのです。
あとは信じて跳ぶだけでした。
完璧を目指すのではなく、自分がここだけは伝えたいと思っていることを常に忘れずにいよう。
坪田先生の手法では、「ここでジャンプのミスがあったからダメだ」とか「ミスはあったけどよかった」と、こちら側が評価してしまってはいけないのだそうです。
その反応を聞くことが、「子供のものさし」で会話をして、「子供なりの考え方を引き立てる」ことにつながるのだそうです。次にどう頑張るかは、子供自身に考えさせることが大切なのです。
もし毎日見ているわけではないのにパッと見て、「今の悪かったね」というようにストレートに言ってしまうと、本人にとっては「昨日よりはよかったのに……」と感じるかもしれません。
気が弱くて最後の最後までなかなか勝ちにいけない私は、「2位のメダル」とか「4位の賞状」が圧倒的に多いのです。
2位も4位も多いですが、それも自分の人生だと思っています。
子供は「勉強しなさい」と言われたら「楽しくない」と思ってしまうけれど、「勉強をするとどんなにいいことがあるか」を説明してあげるとやる気を出します。
「そんなミスがありましたか?」というくらい強気なスタンスでアピールしていかないと、せっかく滑り込んできたすばらしい演技を、魅力的に見せられないのですね
スケートの演技中だと、失敗があっても瞬時にメンタルを回復させて、次の技にチャレンジしなければいけません。そういう心持ちは社会に出ても同じなのだと思いました。
「きちんとゴールを自分で描いて、そこまでは全力で頑張ろうと思っている日々こそが、幸せなことなんだ」 という
「これを1年続けたら、絶対に自分は成長する」 という確信を得ることができました。自分なりのゴールが見えたのです。
しかも、わかりやすくて面白い話題を、しゃべりのプロではない先生方から引き出していくことが求められます。
「大縄跳び」で言うと、「今入って」とかけ声をかけてくれるイメージです。「入ったらいいんじゃないか」という提案ではなく、「今だよ、入って」とタイミングよく「ちょっと」だけ背中をあと押ししてくれるかけ声です。
「病気のときに比べたら、今は好きなことをやっているじゃない」
一人一人、音の捉え方も感じ方も、全然違うのです。
楽しい習い事としてスケートをやっている女の子から、試合で戦うアスリートになったのだと思います。
本来なら、幼稚園児や小学生のうちにやっている練習を20歳ごろにやり直したわけです。
でも私は大人になって基礎からやり直したから、「なぜこの練習をしなきゃいけないか」「これをやったら何につながるか」ということを頭で考えて自分の動きの一つひとつを理解しながら練習することができたのです。
でもよくよく考えたら、その演技は1回限りのものです。その日の、その体調の、その練習の仕上がりの自分には絶対に戻れないのです。「戻ろう、戻ろう」と思っている間は、成長はないと徐々に気づきました。当たり前ですが過去には絶対に戻れません。
そんな日々のなかで、ご縁のあった方々と知り合い、助け合い、愛され、つながっていけたらと願っています。 そうしたら、きっとまたすてきな未来へと、一歩一歩進んでいける。
Written with MyEditor and posted with するぷろ for iOS(ブログエディタ).
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